2015年10月31日(土)の同窓会総会ではナノ物理学研究室の新井豊子教授の講演が行われます。こちらに予稿を掲載します。
走査型トンネル顕微鏡/非接触原子間力顕微鏡で捉えるナノサイエンス
ナノ物理学研究室 新井 豊子
2007年3月に新井が理学部物理学科教授として着任して、ナノ物理学研究室はスタートしました。同年4月に新4年生(ナノ研1期生)を3名迎え、本年3月に卒業したナノ研8期生までで26名を卒業させることができました。本年も、4名の4年生がナノ物理学の研究を始めました。4年生の課題研究(卒業研究)で、ナノ物理学研究室に入った学生のほぼ全員が同研究室の大学院博士前期課程に進んでいます。現在は、博士後期課程まで含め、10名の学生が、最先端のナノ物理研究に邁進しています。ナノ物理学と言っても何を研究するのだろうと思われるかも知れません。「ナノ」は、「ナノメータ」の意味で使われていて、ナノメータおよびサブナノメータサイズの原子や分子の量子力学的振る舞いを研究する新しい研究領域です。その中で、当研究室で、装置開発から始めて、未知のナノ物性探査に用いている走査型トンネル顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)についてご説明します。
1980年代にSTMとAFMが発明されて以来、その原理を応用して多様な走査型プローブ顕微鏡(SPM)が開発されてきました。「先端が鋭利な探針を試料に近接させ、そのとき探針と試料間で授受される物理量(2つの物体間の距離に依存する)を一定に保ちながら探針を走査することによって表面像を得る」というSPMの原理は非常に単純です。その単純さと“原子が見える”という特筆すべき性能が多くの研究者達に様々なインスピレーションを与え、それ以前は理論的に想像する世界でしかなかったナノメータの世界を実測できる世界に変えました。2つの物体(試料と探針)間の位置を原子スケールの分解能で制御できる “SPM”は、「顕微鏡」の名を持ちながら、ナノスケールの表面観察法に留まらず、ナノスケールの物性測定法や原子・分子操作技術までを飛躍的に進歩してきました。今やSPMは、ナノサイエンス・ナノテクノロジー研究の最先端の研究・開発ツールとして、また、既に不可欠な汎用装置の一つとしても活躍しています。本講演では我々が独自開発してきた非接触原子間力顕微鏡(nc-AFM)を用いたナノ力学的分光手法を中心に解説し、近年、水溶液中でも原子・分子分解能を達成し、超高真空(UHV)室温環境下で原子操作に成功したnc-AFM(FM-AFMとも呼ばれる)のトッピックスを紹介して、新たに見えてきたナノサイエンスの世界を概観します。
我々は、走査型プローブ顕微鏡法(SPM)ファミリーのなかでも原子分解能を有するUHV STMやUHV nc-AFMおよび、それらの複合機を独自開発してきた。さらに、これらの独自開発装置を用いて、走査型トンネル分光法(STS)を基に、極近接させた探針と試料の間の印加電圧を掃引することによって探針-試料間の相互作用力を分光できる手法(非接触原子間力分光法:nc-AFS)を開発した。本手法では、相互作用力とともに電流変化、散逸エネルギーも同時計測できる。nc-AFSによって得られた結果は、ダングリングボンドを表面にもつ二つの凝縮系物体を極接近させたうえで印加電圧を変化させて静電エネルギー的にチューニングすることで、それぞれの表面電子準位からなる共鳴状態(共有結合)を形成できることを示唆した。また、nc-AFSを基にした相互作用力と電流の同時測定は、近接した2物体間のトンネル障壁の崩壊過程を評価し、電子伝導と相互作用力の相関を解析できる可能性を示した。トンネル障壁が崩壊するほどの近接した状態での電流-電圧特性の測定はSTMでは容易ではなく、相互作用力を利用して距離制御ができるnc-AFMでこそ実現できたものである。また、電流(すでにトンネル電流とは言い難い特性を持つ)の距離依存性から表面電子状態の解析ができる点は2つの物体の接触時の物性発現の機構に繋がると期待できる。一方、本手法で同時計測できる散逸エネルギーの主因は未だに議論が収斂しているとは言い難い状況である。しかし、探針-試料間印加電圧によって明確に変化する成分がある。これは古典的には2電極間の変位電流に基づくジュール発熱を想定すれば理解が進む。カンチレバーの振動によって表面に誘起される電荷が変化し、この変位電流が探針-試料を介した回路ループを流れることによって発熱し、機械的振動エネルギーが失われる。探針が試料に極接近すると、表面誘起電荷が古典的な静電気学によって予想される振舞からずれる傾向がある。表面電子の量子効果の挙動が問題となる。逆説的には、本計測が2物体が接触直前の界面電子状態を解析する手法となると予想される。
ナノ物理学研究室では、これらの、研究成果について、博士前期課程の学生でも海外で開催される国際会議で発表させています。下の写真は、今年9月にフランスで開催された非接触原子間力顕微鏡国際会議で、M1の稲村君がポスター発表している様子です。
以下の写真は、研究室の風景と、2010年に金沢駅前の石川県立音楽堂で、非接触原子間力顕微鏡国際会議(ncAFM2010)を開催したときの写真です。ncAFM2010会議の運営では、研究室の学生たちが頑張ってくれました。